2018年5月12日土曜日

どこへ行ってもぶれずに。

「縁あって、この度こちらに…」とは絶対に挨拶しない私。
振り返ってみると、私の異動には何かしら使命がついて回る。
偶然ではなく必然。縁は赴いた後に築いていくもの。

今回の異動もずばりそう。
島の教育長から「地域と学校のつながりが求められている」と実情を聞いていた。
「この先生なら大丈夫だ」とも村の教育長にも早々と話してくれていたらしい。

日本で3本の指に入る広い村。自治会の数も当然多い。
学校からの案内文書はすべて郵送していたという。
会長さんの家がどこにあるのかも知らず、先生方は名前すら知らないという。
入学式の礼状を持って、全部の自治会長さんを訪ねて回った私。
名刺を渡し、挨拶すると驚かれた。「わざわざ丁寧にありがとうございます」と。
先日、そのうちのある方に学校で必要な物を作っていただくお願いをした。
商売でやっている方なので、(あまり予算はないけれど)当然お金を支払うつもりで。
見積もりを尋ねると「先生、材料代だけでいいよ!」と。
で、納品された物がまたいい出来で、再度請求額を尋ねると、
「先生、学校いくら出せるの?それでいいよ(笑)」との答え。何ともありがたい話。

土日の部活の練習試合にもふらりと出かけた私。
保護者のみなさんが私を見つけるなり驚いている。「教頭先生だ!」
少年団の夜間練習のお世話になっている子どもたちの陣中見舞いに行くと、ここでも
「わっ、教頭先生来てくれた!どうぞどうぞ。近くまで行って見てください」と保護者。

地域からの信頼回復は「付き合いの良さ」だけでは前進しない。
何より「任せて大丈夫」という安心感が学校の側になければならない。
それはずばり、チームとしてのまとまりや、一人一人の先生たちの力量の問題だ。
ふた月位は自称「お試し期間」ということで黙って見ていようかと思ったが、
こちらも予定を前倒ししてテコ入れを始めることにした。
激励や具体的な助言で、明るく開放的な空気を作ることに力点を置いているが、
何人かは既にカミナリを落とされた先生も。もちろんダメ出しの後のフォローも。
半端はやりません。大の大人が半泣きになるまで指導し、激励します。
その後の頑張りが見えたなら、これもまた半泣きになるまで評価します。
本気で頑張れる先生を、本気で育てる。

「本物の学校」づくりを「本気」で。

今度の学校でも、相変わらずそんな感じでやってます。

3 件のコメント:

ハッピー さんのコメント...

先生はみんな忙しい。
それが新聞記事になるレベル。
私の知人(小学校教師)の帰りも早くて夜8時台なんて聞く。
それでもやはり「会う」ことや「顔を合わせる」ことの大切さ。
こういう日記を見ると思います。

早くもいいことありましたねー。
大変なのは間違いないですが、自分のお疲れ度と相談しながら
「会って」「顔を合わせて」下さい。
朔翁さんのペースで。

そら子 さんのコメント...

こんばんは、ご無沙汰しました。
1、父が大動脈解離にて、大杉漣さんも驚きの迅速さで亡くなりました。裏返せば散らかしっぱなしでいなくなりましたわけで、片付けやその後の手続きで大騒動に!そして予想通り、遺産ゼロ(苦笑)。先生と同じ誕生日の母は元気です。
2、通信制の学校に異動しました。いきなりいろいろありますが、こちらも希望しましたし、上の者も「とある部分」が引っかかって希望を聞いて下さったので頑張ります。
と、いうわけで毎日バタバタしております。。。

さて、気がついたらとうとう島へ行けずじまいで残念でした。でも、少し調べましたら、どうやら朔翁先生の行かれた学校はあのあたりのあそこですね。引き続き朔翁節が炸裂しそうです。お体に気をつけて頑張って下さい!

案楽庵朔翁 さんのコメント...

ハッピーさん、こんにちは。
私たちの仕事って、「会うこと」と「語ること」に尽きると考えています。中身のあることで多忙なのは意外と苦になりません。訳も分からずに時間が費やされていくと「多忙感」で消耗することになりますが。私は元気です。疲れている時こそ、会って、語って、元気をもらいます。



そら子先生、大変でしたね。少しは落ち着きましたか?
私も異動直前に同僚がやはり大動脈解離で命を落としかけました。幸い無事で、1年間休職して復帰を目指すことになりましたが、私よりも若い人だっただけに少々ショックな出来事でした。

こんどの村はお察しの通りそのあたりです。村に中学校は1つなので、勤務先も「そこ」です。「朔翁節」って「鰹節」じゃないんだから…でも、徐々に「味」を出していきますよ(笑)