2018年6月12日火曜日

熱かった。

いつもは5月末に開いている地元の吹奏楽団の演奏会。
今年は6月に入ってから開催。先週末の土曜に無事終わりました。

村民になったので車で50分ほどで練習場へ行くことができ、参加率もアップ。
今年30周年のバンドに2年目から参加している私としては力が入りました。
力が入った理由はもう一つ。
今回は特別ゲストとしてプロのサックス奏者、MALTAさんを招いて演奏。
80年代に青春を走り抜けた私にとっては、これは熱くならないわけがない。

当日のプログラムは最近のナンバーを中心に4曲組まれていましたが、
当日会場入りした時に急遽、「ハイプレッシャー」をやろうとご本人から提案。
耳と体が覚えている曲です。リハでは一発でバッチリ合わせました。

本番はもう盛り上がりましたよ。久々の快演。
セッション5曲も含めて、この日はワンステージ全部ドラム叩きました。
50過ぎたおじさんの熱い演奏にアンケートでも沢山のお褒めの言葉をいただきました。
個人への感想・コメントは当然ゲストに対するものが一番ですが、
2番目に多かったのが私へのコメント。何ともありがたい。
いくつになっても褒められるのはうれしいものです。

久しぶりに熱のある演奏でした。これだから音楽はやめられない。

2018年5月27日日曜日

見ている人は見ている。

今日は体育祭でした。
子どもたちの躍動する姿があふれる、活気に満ちたいい一日でした。

実は今日は間違いなく晴れの予報だったのですが、
雨が降らないはずの昨日が予定外の雨。グラウンドは水浸しに。

一昨日の雨の名残の水たまりを昨日の午前中に水抜きした私。
午後の雨が上がると、グラウンドには水たまりが点在。
夕方5時から2時間、さらに水抜きをしました。
休日の話です。当然グラウンドには私一人。

さて、日が明けて今朝のこと。
まだ残る水たまりの水抜きを私は朝5時に開始。
すると6時少し前に学校へ一台の車が。
心配でグラウンドの様子を見に来たという。
水抜きの手伝いに加わってくれた。

実は前日の夕方。村の野球少年団の監督が学校の横を通りがかったらしい。
その人が村の銭湯で手伝ってくれた親と会って言ったそうだ。
「おい、中学校のグラウンドで先生が一人、水抜きしてたぞ」
家に帰って娘にその様子を話すと「教頭先生だよ」とのこと。
で、その人は翌朝早くに学校へ来てくれたという話。



―菊づくり。菊見る人は陰の人。―

伝わる人には伝わると改めて思った今日の出来事。

2018年5月24日木曜日

通ってます。

島暮らしでなくなったので、昔から所属している吹奏楽団の練習に車で行ける私。
週3回の練習に2回は行ける。しっかりと練習できるのがうれしい。
春の演奏会まであと2週間。今年はプロの奏者をゲストに迎える。
学生時代に結構流行ったんだよね。この人の曲。
共演する4曲でドラム叩きます。私。

チョット力入りますよ。バッチリ決めたいね。

2018年5月21日月曜日

散歩

近くの道の駅へとカミさんとお昼を食べに出かけた帰り。
家の前まで戻ってくると、初老の夫婦がこちらを見て手を振っている。
最初に務めた学校でお世話になった保護者だった。
娘二人を担任し、その時々で私を支えてくれた夫婦。
カミさんと結婚した時も、母が亡くなった時もこの夫婦が応援してくれた。
よく見るとベビーカーを押している。孫を連れて散歩だとか。
私の教え子が結婚してすぐ近くに住んでいるという。
孫の面倒を見に来たついでに、懐かしくて私のもとを訪ねたとのこと。
相変わらず優しく、でもすっかり年をとった夫婦の顔を見て、年月を感じた。

天気も良かったので、カミさんと家の近くを散歩。
ようやく村のあちこちに桜の花が見え始めた。
よく整備された遊歩道を発見し、歩いていくと見事な桜並木に遭遇。
遊歩道は福祉施設や診療所、保育所までつながっているようだ。
なるほど、時折見かける保育所の子どもたちのお散歩コースでもあるらしい。
桜の花をめでながら散歩なんて、近頃そんな余裕もなかったので満足だった。

懐かしさと新しさに出会うことのできた日曜の午後だった。

2018年5月19日土曜日

水鏡

日本で三本の指に入る広い村だからね。
国道、道道、村道いろいろあるのよ。
交通量も少ないから、車で走っていても快適。
夕方、ちょいとドライブに出かけましたよ。

いちおう観光名所にはなっているけど人影もない沼。
鏡の様に動くことをやめた水面に夕暮れの景色が映る。
「静謐」と言うよりほかに表現が見つからない空気感に息をのむ。

写真では伝わらないけど、ブログの背景でおすそ分け。

2018年5月15日火曜日

魔界への誘い?

給食の箸を忘れて職員室に借りに来る生徒がいる。
とりあえずは礼儀正しくその旨を伝え、借りていくのだが、常連も多い様子。
すかさず声をかける私。

『どうした?箸忘れたか?』「はい、ちょっと…」
『そうか!今度忘れたら、先生と一緒に手で食べないか?』「えっ?」
『二人でインドに行っても困らないように手で食べようぜ』「ちょっとそれは…」
『どうせだったらカレーの日に忘れてこないか?』「いや、今度は持ってきます」
『おっ、明後日カレーうどんだぞ。明後日も忘れてこいよ!』「いや、もう忘れません」
『先生はきっと君が忘れてくる度に、毎回同じ絡みをするぞ』「はい、気を付けます」

数日後、再び箸を忘れてくると…

『おっ!また忘れたか。どうだい、一緒に手で食べないか?』「いやいや(笑)」

…と延々とバカげたやり取りが繰り返される。
ひと月が過ぎ、今ではちょっとした名物となりつつある。



そういえば、最初の頃のレギュラー陣。近頃顔を見せないなぁ。

2018年5月13日日曜日

人はつながる。つながり続ける。

4月最後の連休。野球部の練習試合を応援に近くの街へ。
この町、島に渡る前に暮らしていた街。
研究室と劇団員と休日返上で私のもとを訪れていた生徒たちのいた街。
野球部の子どもたちとも日が暮れるまで練習していた街。
試合が終わって帰ろうとすると「やっぱり先生でしょ!」と当時の保護者。
相手チームの応援席では「朔翁先生じゃないか?」って盛り上がっていたらしい。
この町を離れてから6年。今の親たちはほとんどが当時小学校の親だったのに。
なんだかとってもうれしかった。

昨日はバレー部の大会を応援にもう少し先の街へ。
島の子どもたちや先生も参加していて、元気な姿を見せてくれた。
その前の学校のバレー好きな公務捕さんとも再会できた。
会場はブログを始めた頃に勤めていた学校の在った地域。
懐かしくて町内会長さんたちの家に何軒か挨拶に立ち寄った。
学校の閉校式から5年。異動してからは9年ぶりの再会。
当時顔役だった年寄りたちはさらに年寄りになっていた。
もう船を下りてすっかり陸の人になった漁師さんもいた。
みんな目にうっすらと涙を浮かべて懐かしがってくれた。

「ウチのヤツが〇〇(今私がいる村)の生まれなんだよ。△△の◇◇って兄貴にあたるんだ」とか「7月に仲間とそっちの村に行く予定だから」なんて話も。

 
改めて、人っていろんなところでつながりあっていると実感させられる。